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「誰でも活躍できる、輝ける場所にしていきたい」井上 宏輝さん

「人も自然も有機的に関わり合う農を目指す」藤沢市 にこにこ農園。園主の井上 宏輝(いのうえ ひろてる)さんにお話をお聞きしました。
にこにこ農園のホームページ

 

養護学校の教員から農業へ

農業と関わるきっかけを教えてください

井上 最初に農業にふれたのは高校です。農業高校の出身。中学卒業後の進路を決めるときに担任の先生に「君にぴったりの所がある」と勧められました。それまでは一切、農業に興味はなかった(笑)。

教員になりたいと思っていました。中学校の先生がとてもいい先生だったから。教員になるために、どんな大学に行くかを模索していた。高校では食品にかかわる学科を専攻したので、パンやケチャップ、味噌を作ったりして高校生活を送っていました。

高校生活の中で、徐々に農業を身近に感じて、面白いと思うようになった。興味があった微生物のことを学べる大学に進学して卒業後、念願の教員なりました。

養護学校の教員からなぜ農業を

井上 卒業後、生徒を受け入れてくれる場所が少ないと感じていました。また、当時は耕作放棄地の問題が取り沙汰されるようになった時代。それを知って、このまま教員を続けていいのか、と考えるようになりました。教員になる人は今後も増える。しかし、農業からはどんどん人が去っていく。

そこで、生徒の卒業後の受け入れ場所としての農業を考えたんです。障がいを抱える人との関係性も理解していて、農業の経験もある。他にこんな人はいないだろうと。障がいを抱える人が働ける場所としての農業を実現したかった。

ときどき、「周囲から好きな農業をやれるって、いいよね」といわれます(笑)。確かに農業は好き。しかし、それだけをやりたいわけではない。いろいろな個性を持った人が働ける場所としての農業は、とてもいいと思っています。そんな場所を作れたら、とても価値があって、カッコイイことですよね。

教員6年目くらいそんなことを思うようになって、それから2、3年いろいろと迷ってから教員をやめました。30歳だったのでこの年齢なら2回くらいは失敗できるだろうと(笑)。

福祉と農業は相性がいいといわれますね

井上 障がいを抱える人が働く場所は室内が多い。養護学校も同じ。みんなそうだと思うんですけど、室内の作業は眠くなる(笑)。外で汗をかきながら作業できる場所があるといいなぁ、と思ってました。

それに、外で何かをしている生徒はとても楽しそうに見えた。障がいといっても一括りにはできません。いろいろな個性を持つ人がいる。農業も畝をスコップでつくったり、タネをまいたり、いろいろな作業がある。作業をしていなくてもただ土に触れているだけ、座っているだけでとてもいい表情をしている人もいる。土の感触や風の心地よさ、太陽の熱を感じているんだと思います。

外に出て、五感で感じることが大事なんでしょうね。カラダを刺激して、何かを感じて、自分で考える。僕がなにかを指示し、その通りに作業するのではなく、環境そのものが何かを感じさせてくれる。それで十分なんだと思います。

外での環境がとても大事なんですね

井上 教室では「何かをすること」が目的になってしまう。教える側も、何か仕事をしなければならないと考える。畑ではその人がやっていることを黙って見守るんです。相手とある程度の距離感を保ちながら。なにかあれば向こうから声をあげてくれます。こういうコミュニケーションが成立するのが畑の良さ。大きな声を出すと教室では双方にとってストレスになるけど、畑だとそうはならない。

物理的な距離を取れる環境だからこそのコミュニケーションの方法ですよね。近い距離でずっと作業していると、こちらから間違いを指摘したり、先に答えを言ったり。これでは、本人が考える時間を奪ってしまうんですね。ある程度の許容範囲があって、その広さの中で自分自身で考え、行動できる。農業にはそういう環境があります。

次の世代に、つないでいくこと

農業を始めるときに大変だったことは

井上 10年前は新規就農者が少なかった。農業の始め方がわからなかったので、いろいろな人に聞きに行きました。しかし、農業をやりたいなら地方がいいと言われる時代。藤沢に養護学校があったので、場所にはこだわりました。藤沢で実現できれば、他の地域でもできるはず。都市近郊だからやる意味があった。

農業アカデミーを卒業、農地を借りて農園をスタートできました。一番考えたのは作業する人に自由度を与えるためにはどうすればいいか。あれもダメ、これもダメと余計なことが増えるのは農業をつまらなくさせてしまう。遠目で見えている範囲で、お互いに安心して作業できるようにする。

それには、農作業の危険な要素を省くしかなかった。最初から農薬や化学肥料を畑に置かなければそれだけで、注意する要素が減る。だから、農薬や化学肥料に頼らない農業スタイルになったのは必然なんですね。そこが無農薬栽培者の方とは違うところかなと思います。

いまはどういう体制で農業を行っているんですか

井上 パートの人が2人います。7年くらいの付き合いだから、あうんの呼吸で通じる関係。他にも、来てくれる時間はバラバラですが2人います。

人手が少ないと、荒れている農地があるから引き受けてくれないかと声をかけられても、対応できない。ただひたすら農作業をするだけなら、人数を減らして収入もあげることはできるんです。7割のチカラで通常業務をこなせて、残りの3割は何かあったときのためにとっておけるようにしたい。

例えば、働いている人から1か月休みたいと言われたら、叶えてあげたい。お客様に対しても、「この期間はお休みをいただきます、でも、野菜は畑で育っています。」、「子どもが生まれるんで今日は配達できません」とか、気軽に言い合える関係性をつくりたい。

仮に自分がいなくなったとしても、誰かが継続してくれる状態にする。そのために大事なのは人なんです。だからこそ、地域との連携も大切。いま藤沢市のパートナーシップ事業で梅林の開墾に取り組んでいます。梅と雑木が混在しているので伐採している。市民の方々とのつながりもできました。

やっぱり、農業は地域での助け合いが必要で、地域の人に愛される関係性の上に成り立つもの。そいうことも全部含めて、次の世代が面白いと思ってくれる場所にしたいですね。

これからの農園について聞かせてください

井上 まずは、この農園が働き場としてあり続けること。いろいろな人を受け入れられること。それは障がいを抱える人に限ったことではなく、一人で料理はできないけど補助ならできる人とか。いろんな人が活躍できるセーフティネットのような場所にしたいです。

現代は、いろいろなことが難しくなりすぎている。場所があっても、気軽に人が入れないようになっているから、人手不足という言葉が出ててくるのかも。汗かいて仕事したい。それだけを望んでいる人もいると思う。人が中心に据えられている、人が活躍できる、力を発揮できる、人が輝ける、とてもシンプルな場所を残しておきたい。

野菜作りも難しい肥料を与えてとか、栽培方法へのこだわりとにいきがちです。もちろん技術は大事ですが、それだけを追求していくのはちょっと違うかなと。この地域、この畑でとれた野菜はおいしい。それだけでいいと思っています。

みえていなくても大事なことがあると

井上 農業に限らず、より効率的に作業することが求められている。しかし、手間をかけることで生まれるものもある。例えば、畝の間にマルチをはれば雑草は抑えられる。そこをあえて、草を生やしてみる。生えてきた草を手で抜き取り、畑におく。そういう手間が仕事になり、土に触れる機会を与えてくれる。

そこで、土にふれる気持ちよさや楽しい感覚を味わえる。3、4年経つと土の感触は確実に変わってきます。年月をかけて土がよくなっていくことを体感でき、いい影響を与えてくれる。効率を追求するだけでは、生まれないものを大事にしていきたい。こんな風にしながら、お金をかせぐことが難しいし大変なんですけどね(笑)。

笑顔がとても印象的な井上さん。お伺いした畑には、とても大きな木がどっしりとたっていて心地良い日陰をつくってくれていました。その佇まいは井上さんご本人にも似ている気がしました。人も風景も気持ちのよい農園です。
取材:2018年07月10日 堀尾タモツ

にこにこ農園
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