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「やっとたどり着いたいまのスタイル。でも、ここがゴールではない」久保寺 智さん(後編)

小田原を拠点に、シンプルな農業を目指している久保寺農園。運営者の久保寺 智(くぼでら さとし)さんにお話をお聞きしました。
久保寺農園のホームページ

就農したときには、これでやっていけるという実感はありましたか

久保寺 スタートした時、なんの勝算もありませんでした。どこまで思い描く農業を進めていけるのか、という心境。手探り状態でした。1、2年間は作業時間を時給に換算したら200円くらいでしょう。採算はとれないし、貯金も切り崩してなんとかやりくりしていました。

でも、そんな状況下でも、根っこの部分には農業旅で見出した希望が揺らぐことはありませんでした。そうやっていくうちに、なんとかできるという実感を持てるようになりました。

それはいつ頃ですか

久保寺 3年目です。もともと、お客様についてはなんとかなると思っていました。とてもありがたいことに、就農した当時から応援してくださる方たちが多くいたということもあり、人には恵まれていました。

うまく野菜を作れないときから力強く支えてくれる皆さんが周囲にいてくれたお陰様で、きちんと作れるようになればなんとかなる、という確信が持てたのです。

どうやって「きちんと作れる」ようになろうと

久保寺 先人が積み上げてきた農業のルールを参考にしてきました。それをもとに、自分のやり方を実現するにはどうすればいいのかを試行錯誤してきました。

理想とする栽培手段は違っても、基本的な栽培技術は、教科書に書いてあるような基礎的なことをもっとも大切にしてきました。その中で、それを自分の理想のスタイルに当てはめるのはどういう方法をとることが最適なのかを考えます。

基本的には農学的なアプローチが好きなんです。農学や植物生理学などの勉強をするのはとても好きです。どういうメカニズムでそれが行われているのかを調べ、考える。目に見えていない部分で、何が行われているかも考える。

自然がなんとかしてくれるから、という感覚的なアプローチ方法はあまり好きではありません。技術、知識をもとに仮説をたてる。その仮説の中から自分の納得のいった実践方法を選び、それを実践した過程でどんなことがおきるのかを観察します。

それがうまくいかなったときは、別の仮説を立ててまた実践する。その繰り返しの行程に価値を感じています。

アプローチの方法もたくさんあるんでしょうね

久保寺 例えば、さまざまなデータを取得して、分析した結果から方法を見出すやり方もあります。しかし、僕の場合は、畑にいる虫や生えている草がどういう活動をしているのかを観察したりもします。そこで得た情報を作付けの指針にします。

その植物が生えていることによって、土の中ではどういう根をはっているのか。それがどういう生物ネットワークを生み出してくれているのか。植物や生物の勉強で得た知識、いままでの経験値を活かして、想像し仮説を立てる。そこからアプローチの方法を考えています。

はたして、それが最適な方法なのかはわかりませんが、今はそのスタイルでやることにもっとも価値を感じています。多くのことに当てはまるかもしれませんが、「これがベストである」、となかなか確信が持てないことほど、面白さがあり、奥行きのある可能性に満ちた世界を感じさせてくれるものです。

面白さの源でもあり、生活の糧でもありますよね、不安はありませんか

久保寺 それでも楽しい。リスクと楽しみ。「安全圏にはいるけど我慢しなきゃならない環境」と「リスクはあるけど、本当の楽しさ、面白さを得られる環境」があるなら迷わず後者を選びます。人生を充実させるためにチャレンジすることを選びたい。

お金を稼ぐ術は他にもたくさんあります。たとえなにかがうまくいかなくても、そうそう簡単に生き倒れたりすることもないと思っています。むしろ、「面白くないと感じていることに一生の多くの時間を費やさなければならない」ということになった時の方がよっぽど怖いです。

人生は一度きり、時間は有限です。自分の人生は、自分の心が本当に喜ぶことに使っていければいいなと思います。

農業を仕事としてとらえていないのですね

久保寺 確かに、ほとんど趣味のようなものかもしれません(笑)。自分が求める生き方として最適な方法、最適解。仕事という感覚はほぼありませんね。楽しんでやれることをただひたすらにやっているだけです。

特別何かのためにやっているわけでもなく、主に自分が理想とする、人や自然との関わりを追求していきたくてやっていることではありますが、それが結果的に、いつも支えてくださっている方々の幸せにつながり、社会貢献のきっかけになれたらそれはとても幸せなことです。

農業とは違ったことでも、そのスタイルを表現できたかもしれません

久保寺 農業を選択していなくても、同じような喜びを得られる「何か」に出会っていたかもしれません。でも、農業は本当に面白いので、巡り合えてよかったと思っています。さらにそれを生活の糧にすることができている。こんなに幸せなことはないですね。

農には、人間が生きていくのに必要な根源的な要素がたくさん詰まっていて、それが自分の生活のすぐそばにあるんです。食べものや生きもの。それらが生育していく過程にふれることができ、その過程でなにが起きているのかを見ることができる。

長い年月を経て蓄積した土。そこで育つ野菜。そこで生み出されたエネルギーを自分の体内に取り込む。こうした連鎖を普段の生活の中で実感することができる。これは、何物にも代えがたい農の魅力です。

農にまつわるすべてのプロセスを楽しんでいる

久保寺 はい(笑)。目に見えない世界がどうなっているのかを想像するのも楽しい。昨年と生育状況が違う野菜があれば、なにが違ったのかを考え、仮説を立ててみる。疑問があれば学術書を紐解いて勉強する。解決方法を探っていく。学としての農業にも興味がある。

そうやって、自分が納得いくまで調べる。でも、正解を決めつけたりはしません。ただ、調べ、考え、仮説を立て、実践する。その結果を見届ける。そうしたプロセスすべてが楽しい。

これからのことを教えてください

久保寺 自分の農業スタイルに興味を持ってくれる人が増えてきていると感じています。この農場にも若い方が多く訪ねてきてくれます。就農希望の人はもちろん、「自分の生き方や会社員生活をしながら、どうやって農を纏った生き方ができるか?」 などという相談を受けたりします。また、ただ話を聞きたいと来られる人もいます。

来てくださる方々に対して、直接的に何かしてあげられる訳ではありませんが、自分にできる事を全力で考え、共に理想的なルートへのスタートラインを考えていきたいなと思っています。

また、頼ってくださる方々のお話を集約し、軸となるニーズを掴み、そのニーズを満たすために今後自分に何ができるか?? という事はしっかり考えていきたいと思います。

それと、農業を本業としない生き方の中でも、多くの方に農に触れて欲しいと思っています。自給用の食べ物を作る、自分たちで野菜を育てて食べる楽しみだとか、その人にあったスタイルで無理なく触れていけるといいですね。農的生活欲求の高い人の家庭菜園は応援したいし、余っている農地をそういう人たちが気軽に活用できるシステムがあればもっといいですね。

農業ではないにせよ、農を生活に取り込みたいという欲求を持っている人はめちゃめちゃいますからね。これからも、ご相談に来てくださる方や消費者の方々、お話をさせてもらえるご縁をいただけた皆さんと、それぞれが考える理想を話しあいながら共に歩んでいきたいと思っています。

作る、買うという関係性で終わらせたくない

久保寺 作っている人の想いはどこにあるのか、深い部分で納得、共感を得た上で、その人の野菜を買う、ということがとても大事だと思います。本質的な価値はどこにあるのかを共有しあえる関係でしょうか。

作る側もお客さまのことを知りたいんです。一緒に食事をし、会話をする。可能な限りコミュニケーションをとるようにしています。そうすることで、安い・高い・有機・無農薬だから買う、では無い関係性を作ることができる。

久保寺が作った野菜だから買う。価格の暴騰暴落とか関係ないところで成り立つ、つながり。こちらも喜んで野菜を届けることができる。そうやって、お客さまとも生活を支えあえるようなネットーワークを大切にしていきたいです。

僕のスタイルでは、たくさんの野菜をつくることはできません。それでも、僕のやっている事に共感してくれて購入してくださる人もいますし、僕のような方法で農業をやりたいという人も相談にこられたりします。

そのように、同じような気持ちを共有できる輪が、生産者、消費者問わず広がっていくことで、僕のやっているようなことに新たな社会的価値がついていったりするのかもしれませんね。

まだまだやることがたくさんありそうです

久保寺 ここまでやってこられたのは、いい出会いがあったからこそ。また、運もよかったと思います。素敵なご縁もたくさんいただきました。

好きなことをやらせていただいて、楽しいと思えているのは、とても幸せなことです。でも、まだまだこれからだと思います。もっともっと楽しむためにも、自分の理想を追及していきたいです。

久保寺さんの農業スタイルに惹かれて、多くの人が集まってこられます。久保寺さんの生き方そのものに共感するのではと感じました。自分のやりたいことを貫くことと、それを実行するリスクとのバランスをどうとっていくのか。これは、仕事の内容、年齢に関係なく、同じ悩みを抱えている人がたくさんいると思います。久保寺さんと関わることで、なにかヒントを得たいと思って小田原に足を運んでくるのかもしれません。
取材:2018年02月19日 堀尾タモツ