消費者からみた有機農業のわかりにくいところ

それが変わっていったのはなぜでしょう?

相原 食生活研究会という家庭の主婦の消費者研究グループがあるのですが、就農したての頃にそこで、「有機農業で儲けようと思っているのならやめておきなさい」と言われました。

そんなつもりも無かったのですが、なぜかその言葉がずっと心にひっかかっていました。また、日本有機農業研究会という別の団体があります。ここは有機農業の探究や交流などを目的に生産者と消費者、研究者を中心として活動しています。そこでのメンバーとの交流の中で、自分の考えが浅はかだったことに気づかされるわけです。

いろいろな人との交流によって考えに変化が出てきた

相原 当時の私は彼らのように有機農業について深く考えてはいませんでした。有機野菜ということで喜んでくれる人がいる。いわば「有機農業のいい部分」しか見ていなかった。もっと根幹の部分を考えてはいかなった。

その頃、母親とよくケンカしたことがあるのです。成長過程で小さい野菜は、他の野菜を育てるために間引きます。間引いた野菜を堆肥にすればいい、という私。それでは野菜は生きていない、という母親。

間引いた野菜は堆肥するということを決めつけるなと。工夫して何かに使えないか、活かせる道はないかということを真剣に考えろと。いったん、面倒なこともすべて自分が引き受けること。あれこれ考え、試してみても残ったものは堆肥に使う。そういう母親の思考を当時は理解できませんでした。

結果として同じことになったとしても、それまでの過程を大事にするということをお母様から教わったのですね

相原 私は結果的に堆肥するなら同じことだという考え。母親はそこに「思い」が加わることで何かが変わってくるはずという。そういう内容のケンカをずっとやっていました。

しかし、それが母親だけでなく自分の周りにいる人もみな母親同じ考えだった(笑)。

そういう人たちと関わり、話をしていく中で考え方がずれているのは自分だと気がつきました。就農してから3年くらいの頃ですね。そういう考えを受け入れられるようになったのは。

お母様と同じように、お手本となる人たちに囲まれていた

相原 日本有機農業研究会では年に一回の集会があります。毎年メンバーと話をしていると、メンバーの輪の中に自分も入り込めているという実感がわいてくるのです。

この感覚が有機農業家としてのバロメーターにもなっていたとい思います。自分自身の成長を感じることができる場です。その場に自然体でいられる自分を感じたとき、「有機農家」ということを気負いなくいえるようになっていました。

いまは相原さんが相談される立場になっていますが、若い相談者はどうですか?

相原 当時の自分とは比較にならないくらいレベルが高いです(笑)。私が何年か経ってから気づいたことを、最初からわかっていて来る人ばかりです。生活に対する不安や震災の影響が大きいと思う。生きるために必要なもの、そうでないものを考え抜いた先に有機農業を見つける人も多くいる。そうやって普段の生活の中で、生まれてくる疑問に気がついて考え抜いた人が有機農業にたどり着くのでしょうか。

技術や知識も必要だが、有機農業においては「心」の部分がとても大事なのですね

相原 それが一番です。心の部分がその人の行動や結果に表れるものです。就農した頃の自分は親に指示されたことを、ただ作業としてこなしていました。それは作業本来の意味を理解していたわけではなく、ただ体を動かしていたのと同じことなんです。

草をとる作業でも考え方ひとつで、やることやそれがもたらす結果が全く違うものになってくる。だからこそ、有機農業の根本に対する考え方がその人の軸になる。さらに、その人が実践する有機農業に結果として表れてくるのです。



相原成行さんに有機農業についてお話をお聞きした記事




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